ロシアのプーチン大統領が8月13日、北方領土の択捉島を訪れた。ロシアの現職大統領が北方領土に足を運んだのは今回が初めてで、日本政府は「日本国民の感情を傷つけるものであり、断じて許容できない」と強く抗議した。
この訪問を機に「択捉島とはどんな島なのか」「日本人は住んでいるのか」といった素朴な疑問を検索する人が増えている。この記事では、択捉島の基礎知識と、今回の訪問の背景を整理する。元記事はこちら。
択捉島で何が起きたのか
プーチン氏は13日、北方領土を事実上管轄するサハリン州のリマレンコ知事とともに択捉島を訪問し、水産加工場や病院、学校を視察した。特産のイクラを試食する様子も国営メディアが伝えている。
学校付近に集まった住民に「まるでリゾート地だ」と語りかける場面もあり、談笑する様子が国営テレビで放送された。ウクライナ侵攻を理由に対ロ制裁を続ける日本への牽制と、実効支配の既成事実化を内外に印象づける狙いがあるとみられている。
択捉島とはどんな島か
択捉島は北方領土(択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島)の中で最大の島で、面積は約3187平方キロメートル、南北に約214キロメートルにわたって細長く延びる。北方領土全体の面積の約7割を占める。
島内には活火山を含む山々が連なり、戦前は北洋漁業の基地として栄えた。1942年時点の人口はおよそ3700人だったとされる。現在はロシアが実効支配し、ロシア国籍の住民が生活している。
択捉島に日本人は住んでいるのか
結論から言うと、現在の択捉島に日本人の定住者はいない。1945年の第二次世界大戦末期にソ連軍が北方領土全域を占領し、戦後、当時島に住んでいた日本人は順次引き揚げを余儀なくされた。
今回の元記事に登場する根室市の男性(78)も、択捉島から引き揚げる船の中で生まれたという。元島民やその家族は現在も北海道を中心に暮らしており、多くが高齢化している。
択捉島への行き方・観光はできるのか
一般の日本人が観光目的で択捉島に自由に渡航することはできない。ロシアが実効支配する地域であるため、日本政府の立場上、通常の旅券・査証による訪問は想定されていない。
過去には元島民とその家族に限り、ビザなしで北方領土と北海道を相互訪問する「ビザなし交流」の枠組みが存在した。ただし新型コロナウイルスの流行やロシアによるウクライナ侵攻の影響で、この交流事業は現在も中断が続いている。
なぜロシアが実効支配しているのか
択捉島を含む北方四島は、1855年の日露和親条約で日本領として確定した歴史がある。江戸時代には幕府の命を受けた近藤重蔵らが渡島し、日本領であることを示す標柱を建てたとされる。
状況が一変したのは太平洋戦争終結の直前だった。ソ連は日ソ中立条約を破って対日参戦し、ポツダム宣言受諾後も進軍を続け、1945年9月までに北方四島を占領した。以来80年にわたり、ロシア(旧ソ連)による実効支配が続いている。
元島民に広がる動揺
今回のプーチン氏訪問を受け、北海道内の元島民や関係団体には動揺が広がった。根室市在住で択捉島出身の女性(89)は「なんで択捉島に……。悲しくショックだった」と心境を明かしている。
元島民でつくる千島歯舞諸島居住者連盟の森弘樹専務理事は「今までの取り組みを無にしかねない」と語気を強めた。ビザなし交流を通じて民間レベルの信頼関係を築こうとしてきた努力が水泡に帰しかねないとの危機感がにじむ。
元島民の平均年齢はすでに90歳を超えている。国後島出身の男性(85)は「もう一度でいいから島の土を踏みたい」と願う一方、「墓参の再開は難しいのではないか」と声を曇らせた。
なぜこのタイミングでの訪問なのか
プーチン氏は訪問前日の12日、サハリン州で軍事演習を視察した際、「日本が初めてロシアを脅威と位置付けた」と述べ、日本の対ロ政策を批判していた。今回の訪問はその延長線上にあるとみられる。
日本政府内からは「高市政権の動きを見て、強烈なメッセージを送ってきたのだろう」との見方も出ている。8月15日の終戦記念日を目前に控えたタイミングであることも、意図的な選択と受け止められている。
日本政府の反応
高市首相は訪問当日、「日本政府としてはロシア側に対して大統領による北方領土訪問は行われないよう、累次申し入れてまいりました」とした上で、「本日プーチン大統領が択捉島を訪問したことに強く抗議をいたします」と述べた。
訪問実現を防げなかったことは、日本の対ロ外交にとって重い現実として受け止められている。今後の申し入れがどこまで実効性を持つのか、外交上の課題として残る。
北方四島のなかでの択捉島の位置づけ
北方領土は択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島の総称で、面積では択捉島が突出して大きい。国後島は約1489平方キロメートル、色丹島は約253平方キロメートル、歯舞群島は複数の小島の総称で面積はさらに小さい。
択捉島だけで北方四島全体の面積の約6割を占める計算になる。今回プーチン氏が択捉島を選んで訪れたことは、四島の中でも象徴的な意味合いが強い選択だったとみる向きもある。
択捉島の自然環境と産業
択捉島には複数の活火山が連なり、温泉地としても知られる。周辺海域はサケやマス、タラなどの水産資源が豊富で、水産加工業が地域経済の中心を担ってきた。
今回プーチン氏が視察した水産加工場も、そうした島の産業基盤の一端だ。戦前の日本人による漁業基地としての歴史と、現在のロシアによる水産業運営とが、同じ土地の上で連続している点は興味深い事実といえる。
日本の北方領土返還交渉の歩み
日本政府は一貫して北方四島の帰属問題解決を対ロ外交の最重要課題と位置づけてきた。1956年の日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す旨が明記されたが、その後の交渉は難航を重ねている。
2000年代以降も歴代政権がプーチン氏との首脳会談を重ねてきたが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を境に日露関係は急速に冷え込んだ。以降、平和条約交渉そのものが事実上停止している状態が続く。
過去にも北方領土を訪れたロシア要人
実は北方領土を訪れたロシア要人は、プーチン氏が初めてではない。メドベージェフ氏が首相だった2010年、当時の大統領として国後島を訪問し、その後も首相の立場で複数回、北方領土を訪れている。
ただし、いずれも大統領在任中の訪問ではなかった。今回のプーチン氏の訪問は、現職大統領による北方領土訪問として初めての事例であり、そこに大きな違いがある。国際社会や日本への発信力という点でも、これまでとは重みが異なると受け止められている。
今後の北方領土問題を考える視点
北方領土問題は、単なる外交上の懸案にとどまらず、高齢化する元島民の「生きているうちに」という切実な願いと直結している。ビザなし交流や墓参の再開時期は、今後の日露関係の状態を測る重要な指標になりそうだ。
択捉島という土地そのものへの関心も、今回の訪問をきっかけに広がった。歴史的経緯や現在の住民の暮らしを知ることは、ニュースの背景を理解する助けになるはずだ。
終戦記念日を目前に控えたこの時期の報道は、遠い外交問題としてではなく、なお解決していない戦後処理の一部として北方領土を捉え直す機会にもなっている。


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